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2021年12月2日

中性代名詞

言葉狩りは嫌いだ。自ら作り出した言葉に、時代と共に変化する価値観が余計なニュアンスを与えるせいで、言葉が悪者になってしまうから。

世の中の進歩と発展により新たな言葉が生み出されるのも、あまり好きではなかった。どんどん物事が複雑になり、人々がお互いを理解することが困難になるからだ。

言語は実態を持たない。「知恵を持った人間は、動物とは違い崇高だ」とか言ってる者が、頭の中で作られた概念について「ああでもない・こうでもない」と言い合っている姿は、実に滑稽だ。

1年以上前に、ある英語圏の国のドラマを見ていた。その回の内容は「登場人物である夫婦の間に子供が産まれたが、性器のない性別不明な赤ちゃんであり『彼・彼女』のどちらとも呼べないので、付けた名前で常に呼ぶ事にした」という物だった。

一昔前なら確実に「奇形児」などと言われて扱われたろうに、ジェンダー・イクオリティーを唱う現代において、そういった問題をドラマで発信する社会になってきたんだ、と思った。

最近、フランス語で「彼・彼女」の様に性別を判断しない「中性代名詞」を作った、という記事を新聞で見た。そう言った社会的問題に対処するのは、ヨーロッパの国々が早いと思う。同時に「また余計な言葉が増える」とも思った。ジェンダー・イクオリティーに反対ではないが、両性がいなければ新たに人間は生産されないのだから。

しかし次の瞬間、「数十年先には、機械の助け無しでは子供を作ることが出来ないほど、人間の身体機能が低下している未来が待っている可能性がある」という新聞記事を見た事を思い出した。また「目と頭が大きく発達し、逆に腕や脚は細く退化した『宇宙人(グレー)』は、科学技術の目覚しい発展により、体を使わない分、脳をフル活用することで脳が異常発達した、未来の人間の姿ではないか」という考えを以前耳にした事も思い出した。 

世の中がその方向に向かっているのだとしたら、「中性代名詞」が生まれるのも必然ではないか…